2006年12月14日
ナルバンディアンとの出会い(?)
2002年、ウィンブルドンの決勝に勝ち上がったのは、レイトン・ヒューイットと無名のアルゼンチンの若者だった。
私はこの20歳のテニス選手を知らなかった。
1-6,3-6,2-6でヒューイットに完敗だった。
実は「こいつ何だ。嫌いなヒューイットに簡単に負けやがって」とここまで勝ち上がったことも評価しなかった。
その頃は私もパソコンなんて触れないほどだったので、WOWOWの中継と雑誌(スマッシュなど)しか選手の情報を得ることができなかった。
その内何度か名前を聞いたり、映像も見たけどあまり興味はなかった。
そしてサフィンが怪我をして、トーナメントに出場しなくなって、観戦がつまらなくなってしまった。
もう飽きてしまったのかとちょっとがっかりしていた時に、だんだんナルのバックハンド、「かっこいい」と思えるようになった。
髪の毛も長くなってきてフェデラーキラーだということも知った。
2004年のTMSマドリッドで(GAORA放送)、決勝でマラト君と戦い、準優勝だったけど、その時からお気に入り2番手に昇格した。
二人の雰囲気がとても良かったんです。
いや~すみません。
馬鹿話にお付き合いいただきまして。